芸能インタビュー | かりゆし芸能公演

2020年12月1日

かりゆし芸能公演 インタビュー06
沖縄タイムスこども芸能祭実行員会島袋光晴さん / 島袋秀乃さん

ー「沖縄タイムス子供芸能祭」は今年で活動40周年を迎えました。設立の経緯と目的を聞かせください。

島袋光晴先生(以下光晴):第1回公演(1981年)の頃は沖縄タイムス舞踊コンクールへの出場者が年々減少傾向にありましたから、初代実行委員長の真境名佳子先生(1919~2005)など舞踊家が中心となって沖縄芸能の継承を目的に立ち上げたのが「沖縄タイムス子ども芸能祭」でした。まずは10年を目標にやってみましょうというのがはじまりで、第1回公演には各流会派を越えて大勢の子どもたちが出演してくれました。真境名佳子先生の後を引き継ぎ第4回から私が実行委員長に就任させていただき、子どもたちを飽きさせないよう5年連続、7年連続出演の子どもたちを表彰する取り組みなどを行いながら継続して舞台経験が積めるようにと努めてきました。

島袋秀乃先生(以下秀乃):第1回公演のプログラムを見ますと約300名の出演者が参加しています。第10回、第20回には出演者が約1500名まで膨らんでいますし、第20回の節目には台北で公演を行っています。すごいですよね!今年は260名の子どもたちが参加しました。

-新型コロナウイルスの影響でかりゆし芸能公演も延期や中止が相次いでいた中、沖縄タイムスこども芸能祭実行委員会では、子どもたちの舞踊を収録し「動画配信」する画期的な取り組みに挑戦されました。動画配信に至るまで様々なご苦労があったと思います。

秀乃:当初は3月に伊江島で特別公演を行う予定でしたが、3月はまさに新型コロナウイルスが流行りだした時期。離島への渡航自粛が県から発表されたこともあり公演中止の判断を下さざるを得ませんでした。ですが一度も途絶えずに39年続いてきた子ども芸能祭。お稽古の成果を披露する年に1度の舞台を楽しみにしている子どもたち、ご父兄のためにも「何かできることをやろう」と強い思いがありました。
難しい状況の中、ミュージシャンの方が「動画配信」でLIVEを行ったニュースなどを見ているうち、子どもたちの踊りを撮影してYouTubeで配信できないかな!とひらめきました。ですが私たち事務局メンバーも動画配信は未経験で、何から手をつけていいのか全くわかりませんでした(笑)。まずは、参加する子どもの安全を守るため「3密」を避けること、各地域の特色を活かした屋外で撮影すること、この2つの撮影方針を決めて各流会派の先生方へご提案することからはじめました。先生方やご父兄の皆様にご理解をいただくことができ、予防対策を行った上で全19ヶ所で動画撮影を実施。正面だけを撮影しても面白い映像にはならないので、撮影アングルや編集にも工夫を重ねてなんとか形にすることができました!

-舞台の動画配信はかりゆし芸能公演史上初めての試みでした。動画を見た子どもたちや周囲の皆さんの反応はいかがでしたか。

秀乃:子どもたちはとっても喜んでくれました!この状況の中でも、「諦めなければやりたいことができる」ということを子どもたちと一緒に示せたことがすごく嬉しかったです。周囲の反響も想像以上で、皆さん動画配信にチャレンジしたことに感心してくださいました。というのも、沖縄の芸能の中ではこれまで舞台を動画配信するという感覚がほとんどなかったと思いますから。

光晴:私は正直に申しますと、今年の公演は中止せざるを得ないと思っていましたよ。

秀乃:そうですね。ほとんどの先生方は中止になるだろうと思っていたようです。でもやはり「途絶えさせたくない」この思いが強かった。40年の節目に公演を中止する判断は事務局としてはできませんでした。

-配信された動画を見て光晴先生はどのようにお感じになられましたか。

光晴:「舞台芸能はこういう形でもできるんだ」と非常にびっくりしましたよ。それにね、我々大人が心配した以上に子どもたちが「やってみたい!」と積極的に取り組んでくれて。子どもたちも太陽の下でのびのび踊っていて、舞台ではなかなか見れないですよ(笑)。今の時代に即した「舞台の動画配信」は今後もあっていいのではないかと思いましたね。

-動画の中で、玉城デニー沖縄県知事はじめ県出身の著名な方々から応援メッセージが寄せられていました。

秀乃:ダメでもともと!と思って県内の各分野で活躍する方々に応援メッセージの動画撮影を依頼しました!直接事務所などへご連絡して企画の趣旨説明を行ってご協力を求めたところ、玉城デニー知事はじめ龍神マブヤー様、 HY様など、皆さん快く引き受けてくだって。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。著名な方々からメッセージを頂戴できたことは子どもたちにとっても励みになったと思います。またポスターとして活用するためのイラストをお笑い芸人・凸凹トラベリングのひがりょうとさんに描いていただき、そのイラストが入った記念トートバック、DVD、プログラムの3点セットを参加してくれた子どもたちにプレゼントする予定です!

-これまで多くの子どもたちを指導なさってきたと思いますが、指導の際に一番大切にされていることはどんなことでしょうか。

光晴:「生の舞台を見ること」が一番大切なことです。私自身、幼い頃に見た舞台の光景が今でも頭に残っています。だからお父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃんでもいい。家族の人と沖縄の芸能の舞台を実際に見に行って欲しいと思います。「自分も化粧をしてみたい」、「あの役を演じてみたい」と子どもたちが思ってくれたらこんなに嬉しいことはありません。また舞台には歌三線、琉歌など様々な要素がありますので、「三線を習いたい」、「歌を歌いたい」という子が一人でも増えてくれたらいいなと思います。沖縄の各地域に残る「しまくとぅば」も消滅の危機にありますが、しまくとぅばはうちなーんちゅの誇りです。しまくとぅばの継承という意味でも琉球舞踊や組踊が果たす役割は大きい。

-子どもたちへの指導を通して喜びを感じる瞬間を教えてください。

光晴:喜びというより、子どもたちを指導することが我々の仕事なんですね。

秀乃:そうですね。子ども芸能祭でいうと、第1回の芸能祭に出演した子どもたちがコンクールで新人賞、優秀賞、最高賞と受賞を重ね、今では実演家・指導者として活躍しています。40年という歴史を積み重ねて沖縄の芸能のバトンをつないできた、この歴史も喜びの一つかもしれません。

-今、若手実演家が国立劇場おきなわはじめ県内外の舞台で活躍しています。光晴先生は若手の活躍をどのように感じていらっしゃいますか。

光晴:我々が若かった頃は組踊の上演演目も上演回数も少なく、一度も演じたことのない役、出演したことのない演目が私自身多くあります。それをね、若い皆さんがどんどん舞台でやっているのを見て「私もこういう役をやってみたかったな」と羨ましく見ています。加えて若い皆さんには、「同じ演目を何度も繰り返しやること」をお願いしたい。芸の道は、手をあげる。さげる。これに何十年かかるわけです。でも逆に未完成だからこそ皆さんも上を目指して頑張れるわけですね。継続して舞台に立つ中で「あぁ、よかったな」そう思える瞬間がきっとあるはずですから。
それともう一つ、舞台に対して厳しい目を持つお客様を育てていくことが非常に重要。極端に言えば「今日の舞台は面白くなかった」と言ってくれるお客様が必要なんですよ。その言葉に実演家は「これでもか、これでもか」と芸を磨く、それしかない。だから若い皆さんには、遠慮せずどんどんチャレンジしなさい!と言いたい。結果は後から必ずついてくるから。

-これまで舞台に立ち続けてこられた原動力について、またこれからの「夢」についてもお伺いします。

光晴:これがね、自分でもよくわからないんですよ(笑)。私の初舞台は11歳の時で、組踊「執心鐘入」の小僧役で初舞台を踏んで以来、あっという間に芸歴70年余。しかし今は、父である「島袋光裕(1893~1987)の芸風」を継承しなければならないという責任感が強くあります。光裕師が沖縄の芸能をどう解釈しているのか、その上で我々は時代に即した新釈や発想をしていかなければなりません。私も「芸は高く、腰は低く」をモットーに体力と気力が続く限り舞台を務め、沖縄の芸能を担う若い皆さんのお手伝いができればいいなと思っています。

秀乃:私の原動力は島袋本流紫の会 島袋光裕、島袋光晴の芸風の確立、伝統の系譜をしっかり守ることです。三代目を襲名し早いもので13年が経ちました。これまではバトンを落とさないように強く握りしめて無我夢中で走ってきましたが、今後は周囲に目を配りながら、私のバトンを渡す人を育てていきたいです。
そして私の「夢」ですが、そうですね……、10年、20年かけて島袋秀乃の十八番(おはこ芸)をつくりあげたいと思っています。島袋光晴といえば「波平大主道行口説」、島袋秀乃といえば「この芸」、そう言っていただけるような十八番芸をつくり光晴先生のように舞台と観客の「あ・うん」の呼吸、芸の成就を目指したいです!

ー 光晴先生、秀乃先生、慣れないリモートでのインタビューでしたが、貴重なお話をどうもありがとうございました。お2人のご活躍、また子どもたちの今後のご活躍を楽しみにしております!

取材日:2020年10月5日
(リモート取材にてお話を伺いました)

プロフィール

島袋光晴 (しまぶくろ みつはる)

島袋本流宗家
国指定重要無形文化財「組踊」(総合認定)保持者。
国指定重要無形文化財「琉球舞踊」(総合認定)保持者。
1934(昭和9)年 那覇市西町生まれ
父・島袋光裕師が率いる劇団「松劇団」にて11歳で初舞台を踏み(組踊「執心鐘入」 小僧三)子役として活躍。その後、本格的に島袋光裕師に師事し琉球舞踊・組踊の道へ。1980年、46歳で島袋光裕初代家元のあとを継ぎ島袋本流紫の会二代目家元を襲名。紫の会の発展だけにとどまらず、伝統組踊保存会や伝統舞踊保存協会の会長として長年組踊及び琉球舞踊の保存・継承に努め、その普及と若手実演家の指導・育成に尽力する。86歳になった現在も国立劇場おきなわはじめ様々な舞台で活躍。「波平大主道行口説」、組踊「花売の縁」の薪木取役など、光裕直伝の十八番芸で多くの観客を魅了し続けている。
2011年 旭日双光賞受賞。
2020年 沖縄県功労者賞受賞。

プロフィール

島袋秀乃 (しまぶくろ しげの)

沖縄県指定無形文化財「伝統舞踊伝承者」
島袋本流紫の会 三代目家元
光史流太鼓保存会 師範
1967(昭和42)年 那覇市泉崎生まれ
1971年に祖父・島袋光裕、叔父・島袋光晴に師事。5歳で組踊「花売の縁」の猿役にて初舞台。その後、琉球舞踊・組踊に親しみ、1988年に沖縄タイムス芸術選賞新人賞 舞踊部門・器楽部門(太鼓)をダブルで受賞。1995年にグランプリ受賞。
教師免許・師範免許を拝受し2007年島袋本流紫の会三代目家元を襲名。
2009年沖縄タイムス芸術選賞琉球古典舞踊部門大賞受賞。2013年沖縄タイムス芸術選賞琉球古典音楽部門(太鼓)奨励賞受賞。若手の育成のほか、様々な団体で事務局につき伝統芸能の普及に携わる。現在も沖縄芸能協会事務局、沖縄タイムスこども芸能祭事務局、光史流太鼓保存会書記として様々な舞台活動、琉球芸能の普及に尽力する。

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