
【公演前インタビュー】8月16日「第5回 高校生選抜かりゆし芸能公演」
取材者及びライター:たまきまさみ

「第14回高校生郷土芸能ソロコンテスト(以後ソロコンと表記)」が、5月30、31日に行われ、三線・舞踊部門に総勢52人の高校生たちが参加しました。琉球芸能に携わり、その道を志す高校生たちにとって、互いの芸を競い合い結果を出す甲子園のような存在でもあるソロコンは、憧れの舞台でもあります。また、ソロコンで上位入賞すると8月には今年で5回目となる「高校生選抜かりゆし芸能公演(以後高校生選抜)」に出場することができます。
今年も高校生選抜に出演が決まったみなさんに、お話を聞いてきました。初めて顔を合わせるメンバーもいるなか、緊張や戸惑いを見せながらも、それぞれが自分の個性を出しながら言葉を選んで話す姿に、芸能へ向き合うまっすぐな姿勢を感じる場面もありました。8月の高校生選抜にさきがけて、6人のみなさんの言葉や表情をお届けします。
- 琉球芸能に携わるきっかけや、これまで続けてこられた理由やモチベーションになっていることはありますか?
五十嵐涼介さん(以後五十嵐さん):僕は小学4年生の時に、住んでいた団地の区長さんが地域の三線クラブにはいらないかと声をかけてくれたのがきっかけでした。最初は自分から「やりたい」と言って始めたのに、全然やる気がなくて。もともと好きだったゲームをずっとしたくて、練習に行きたくないなと思っていました。そのたびに家族や誘ってくれた区長さん、三線の先生から「頑張ってみない?」と励ましの声をかけてもらい、それで頑張って続けてこられました。
最初は民謡をやっていたのですが、中学1年生でコンクール※1を受けることになった時に、気持ちが変わりました。三線と並行して吹奏楽でも活動し、中学2年の3学期までトランペットも続けました。
三線を続けるためのモチベーションは、終わった後にお菓子を食べたり、友達とゲームをしたりすることと、地域の方々からの応援も励みになりました。賞を取った時に「おめでとう」とか「団地のヒーローだよ」と言われたりして、自分ではそんなふうに思っていなかったのですが、応援してもらえたことで、頑張ってきてよかったなと思いました。
※1 琉球民謡音楽協会が主催するコンクールのこと。

古波蔵雅さん(以後古波蔵さん):私が三線を習い始めたのは小学1年生の頃で、いとこに「習ってみない?」と誘われたのがきっかけです。習うことが嫌ではなかったんですけど、家でゆっくりしたかったのと、通うのが少し面倒だという気持ちで最初のころはあまり行きたくないなという感じでした。いとこはすぐに辞めてしまいましたが、最初は30分の稽古だったので、「30分だけなら頑張ってみるか」と一人でも続けてきました。
小学5年生からバレーボールを始めて、高校まで続けたんですけど。コンクール※2を受けるまではバレーボールに力を入れていました。一方で、三線はずっと稽古だけの毎日だったので少しつまらないなと感じていたこともあり、両立は難しかったですね。
その後、コンクールを受けて結果が出たことで、三線を頑張るようになりました。中学2年生で「若衆芸術祭※3」に挑戦して、教育長賞をいただいた時からは、本気になったというか楽しいなと思うようになりました。結果が出るのが楽しくて、そこから自分らしく続けてきました。
※2 県内新聞社が開催する「古典芸能コンクール」のこと。
※3 琉球新報社と沖縄芸能連盟が開催する、沖縄伝統芸能の次世代育成を目的にした芸術祭のこと。
新垣太陽さん(以後新垣さん):きっかけは小学5年生の時にエイサーを見に行ったことです。その時に踊り手ではなく、黒い着物を着てクバ傘を被って歌う地謡の姿を見て、「かっこいいな」と思いました。それで三線をやりたいと思って習える場所を探し、親戚の勧めもあって6年生から始めました。そのころのモチベーションは、エイサーの地謡の人たちみたいになれるように、三線を習うということでした。実際に習い始めた時は、エイサーで使われるような沖縄民謡の曲をやりたかったのですが、古典を習うことが基礎や土台になれば、民謡や創作曲にも応用できると思っていました。
続けてきた中で大変だったのは、自分は音痴なんです。音程が全然取れなくて、どうしたら直るんだろうと今も思っていて、それが一番苦労していることです。自分ではできていると思っていたんですけど、「全然できていない」と言われて気づきました。先生の歌をよく聴いて合わせ、真似をしながら向き合っています。
うるま市のエイサーの地謡をやりたいと思っているのですが、SNSで問い合わせたところ、地元にルーツのある人しか入れないと聞き、今は那覇の青年会で締め太鼓をやっています。いずれ地謡に近づいていけたらと思っています。
とにかく三線が好きなのですが、褒められるのも好きなんです。去年のタイムスの芸能祭※4で「仲風」の独唱を演奏した後に、自分の先生以外の先生方からも「あなたが一番良かったよ」と言われました。それが今のモチベーションになっています。
※4 沖縄タイムス社が主催する古典芸能コンクールにおいて新人、優秀、最高の各賞の受賞者が出演する公演のこと。

又吉綾音さん(以後又吉さん):琉球芸能に携わるきっかけは、母に連れられて今も通っている那覇市内の道場に体験に行ったことです。母も大阪で一時期、舞踊を習っていたらしく、沖縄に来てもう一度習いたいと思って入ったのですが、今はやっていません。
私が舞踊を始めたのは6歳で、小学校に入学する前のことです。小学校高学年になると、行くのが面倒くさいなと思い、通うのが嫌な時期もありました。浦添市に住んでいたので、那覇の道場までは少し遠くて、母が送り迎えしてくれていました。中学1年生ぐらいの時に那覇市で「こどもフェスタ」というイベントがあって、出演したのが楽しかったという記憶が残っています。稽古で記憶に残っているのは、中学1年の時に先生とマンツーマンの時間が結構あって、緊張しましたね。
中学2年の時にコンクール※2を受けてからは、もっとちゃんとやろうと思うようになりました。先生に何か言われたのではなく、コンクールでは本当に一人の力だけを見られるので「変わらなきゃ」「自分で頑張らないといけない」と思いました。
学校の環境やまわりの友達も変わっていく中で踊りを続けてこられたのは、舞台がある時に新しく振り付けを覚えたり、どんどんできる踊りが増えたりすることを楽しいと思えたからだと思います。
賀数あいらさん(以後賀数さん):琉球芸能を始めた理由は、おばあちゃんがやっていて、一緒に習ってみようという感じで、小学2年生の後半ぐらいから一緒に糸満の道場に通っていました。最近はおばあちゃんはやっていないけど、ずっと応援してくれています。
小さい頃から学校が終わると舞踊の稽古に通う生活でした。もともと友達と遊ぶよりも一人で過ごすのが大好きでした。でも道場には同世代や同じ小学校の子も多かったので、みんなでワイワイするのが楽しくて、稽古に行くのは好きでした。 中学に上がる時に那覇市国場の道場に移り、先生が変わりました。そこでは古典をメインに1対1で稽古を受けていて、すごく優しい先生です。
続けてきた中で大変だったことは、もともと飽き性なので、「この曲飽きたな」と思うこともすごく多かったんです。ただ、その時は自分では「踊れている」と思っていたのですが、でも実際は全然そんなことはなくて、自分の癖もまったく直っていませんでした。そのことに気付いてから、「これで完璧」というゴールはないんだと思い、これからもずっと続けていこうという気持ちになりました。
稽古後の楽しみは、みんなが持ってくるお菓子で、終わった後にみんなでお菓子パーティーをするのが好きですね。

山城美夢さん(以後山城さん):4歳ぐらいのころ、結婚式に参加した時に幕開けの「かぎやで風」を見て、最初の曲の音を聞いて「やりたい」と言ったらしいです。私はまったく覚えていないのですが、それがきっかけで踊りを始めて、そこからずっと続けているという感じです。
中学2年生の時に新人賞※2を受けたんですけど、それまでは全然上達しなくて、たぶんやる気もなかったと思います。小学校高学年の時に一時期、稽古に行かなくなった時期がありました。また稽古に戻ったきっかけは、中2から新人賞を受けられると知ったこともあり、なんとなく「やってみようかな」という感じでした。部活をしていたわけでもなく、本当に何もやることがなかったので、とりあえずやってみようという感じで、中学生になってからまた稽古に行くようになりました。
そこからコンクール※2を受けるにあたって、コンクール稽古が毎日のようにあって、慣れない姿勢だったり、これまでやったことのないようなことばかりで、とても苦しかったです。でも先生に「稽古は嘘をつかない。積み重ねた分だけ結果が出る」ということを言われて、稽古すればするほど上手になっていくんだなと思って、そこから続けるようになりました。
今のモチベーションは、最高賞を取ることです。それまでにもっと自分の足りないところをもっと稽古して研究して、賞を取ることが一番の目標です。
- 三線部門金賞受賞者3人に、「かぎやで風」への思いを聞きました。
ソロコンテストの課題曲「かぎやで風」。本番までの稽古で苦労した点や自分なりにこだわった点を教えてください。
新垣さん:苦労した点は音程を安定させることで、こだわった点は「かぎやで風」の上句の高音の部分です。音程を自分が納得できる形にするために、先生の音を聴いて演奏し、また聴いてをくり返しました。 同じ時期に最高賞※2の稽古もあったので、稽古場ではソロコンではなく、最高賞に向けた稽古が中心でした。なのでソロコンの課題曲は、家でずっと先生の音を聴いて、それに近づけるようにしました。本番では、音程は少し気になるところはあったのですが、こだわった点は出せたと思います。

古波蔵さん:自分は去年もソロコンを受けていますが、結果は銀賞で悔しい思いをしました。そのあと、先生方からいただいた講評の中に「節回しができていない」という内容が書かれていました。去年までは、先生に習った通りに自分らしく弾くことを目標にしていて、節回しや細かいところはあまり意識できていませんでした。今年のソロコンに向けては、特に節回しを意識して練習しました。稽古では、1曲を最初から最後まで弾くのではなく、節回しの部分だけをひたすら弾いたり、部分的に同じところをずっとくり返す練習をしていました。今年は3年生でソロコンに挑戦できる最後の年なので、自分の中でいろいろと考えてしまいプレッシャーはありましたが、金賞を目標に頑張りました。
五十嵐さん:僕も古波蔵さんと同じく節回しの練習と、自分の癖を直すことを意識しました。僕は発音に癖があって、「う」の発音が「お」になって聞こえてしまうんです。歌っている時にそうなってしまうので、それを直すのにとても苦労しました。直前までずっと直らず、本番の日もかなり「お」になっていました。どうすることもできなかったんですけど、とにかく「う」を意識して歌うようにしました。 こだわったところや自信を持って臨めたところは、高音の部分です。僕は高音の時に声が裏返る癖というか特徴があります。本番ではいつもより少し高い音域で歌ってみたので、声が裏返るか少し怖かったんですけど、そこはビビらずに挑戦してみたことで思ったように歌うことができました。
- 舞踊部門金賞受賞者3人に、「かぎやで風」への思いを聞きました。
ソロコンテストの課題曲「かぎやで風」。本番までの稽古で苦労した点や自分なりにこだわった点を教えてください。
又吉さん:苦労した点は、表情を作ることです。私は緊張すると表情が硬くなりやすいため、「かぎやで風」の明るくおめでたい雰囲気が伝わるよう、自然な笑顔を意識して練習しました。また、舞台でより美しく見えるよう、姿勢や立ち姿にも気を配り、一つ一つの動きを丁寧に確認しながら稽古に取り組みました。先生からいただいたアドバイスを何度も見直し、鏡を使って表情や姿勢を確認しながら練習を重ね、本番では自信を持って踊れるよう努力しました。
賀数さん:「かぎやで風」は琉球舞踊の中でも基本的な所作がたくさんあり、その一つ一つを理解しながら踊るのにとても苦労しました。稽古すればするほど歩みや構え、扇子の向きなど、自分の癖が目立ってしまっていたので、少しでも目立たなくするということにこだわりました。「かぎやで風」はお祝い事の幕開けなどで披露されることが多く、緊張しても高校生らしく明るく柔らかい表情や表現をするのにもこだわりました。
山城さん:まず最初の歩みから、かかとを上げすぎずに一つ一つしっかり踏み締めて歩くことを意識しました。去年も出演したのですが、その時に足りなかったお扇子の当て具合、力みすぎないように踊ること、肘を張るなど日頃のお稽古から言われていることなどを意識しながらお稽古していました。
- 舞踊部門金賞受賞者3人に、高校生選抜への意気込みを聞きました。
第5回高校生選抜かりゆし芸能公演への出場にあたり、どんな思いで稽古に臨みたいですか。
山城さん: やっぱり、みんなで成功させたいなという気持ちが大きいですね。出演するからには金賞を受賞したという自覚を持ち、これからの自分の技術や表現を磨けるいい経験につながると思うので、合同稽古などでもまわりの同級生たちとしっかり息を合わせて、かっこよく、楽しく、成功させたいという気持ちを持って向き合い、頑張っていきたいです。
賀数さん:自分は去年も一昨年も見に行っていて、すごく憧れの舞台です。絶対に緊張するんですけど、みんなで楽しみながら稽古したいです。一人舞も自分らしく、高校生らしく表現できたらいいなと思っています。
又吉さん:一人で舞台で踊ることも、同世代のみんなと一緒に踊ることもなかなかないので、楽しみたいと思っています。

- 三線部門金賞受賞者3人に、ソロコンと高校生選抜への思いを聞きました。
高校生選抜かりゆし芸能公演とソロコンテストは、どのような存在ですか。
五十嵐さん:去年は金賞で、今年は1位を取るという思いで受けました。上位に入りたい、1位になりたいという思いで臨み、高校生選抜に出られることになって、率直な気持ちはとてもうれしいです。そして、そこで独唱ができるのもうれしいです。
古波蔵さん:ソロコンテストは、コンクール※2と少し似ていると思っています。自分が今まで学んだことを出す、力試しのようなものだと感じています。高校生選抜は、去年からSNSなどで見ていて憧れの舞台だったので、今年は絶対に出たいという思いで頑張りました。
新垣さん:ソロコンテストは、自分はコンクールとは違うと思っています。コンクールは合否の発表ですが、ソロコンテストは順位が決まるので、ある意味残酷だなと感じています。高校生選抜は、普通なら高校生のうちにこんな舞台に立てないじゃないですか。こういう機会はあまりないと思うので、一生に一度の貴重な経験ができる、すばらしいものだと思っています。
- 舞踊部門金賞受賞者3人に、創作舞踊への挑戦について聞きました。
今回の公演の最後に創作舞踊があります。創作に挑戦する意気込みを聞かせてください。
又吉さん:私は3回しか稽古に参加できないので、ちゃんと覚えられるかなという気持ちもありますが、今回の創作はこの公演でしか披露されていないと聞いたので、貴重な体験を楽しみたいです。

賀数さん:創作舞踊というものをこれまでほとんど経験してこなかったので、芸大生の方と高校生のみんなで楽しみながらやっていきたいです。
山城さん: 去年高校生選抜に出た後輩から動画を見せてもらったんですけど、すごく早い踊りをしていて、「なにこれ、すごい」と思いました。囃子もたくさん入れながら、楽しそうに踊っていたので、去年よりももっと楽しそうにみんなと踊れるようにしたいのと、まわりのみんなと息を合わせ、ヘーシ(囃子)もたくさん入れながら笑顔で元気に踊りたいです。そして、来場してくれるお客さまに感動を与えられるように、楽しみながら盛り上げていい創作舞踊を作り上げたいです。やるからには最後までしっかりやり遂げます。
- 三線部門金賞受賞者3人に、高校生選抜への思いを聞きました。
先輩方と舞台に立つこと、選抜公演に出ることが決まって、芸能に携わる上での心情の変化はありますか。
新垣さん:公演に出ることが決まって、まずはとてもうれしい気持ちです。ソロコンに出場して、金賞と1位を取ることができたおかげで、国立劇場おきなわの舞台に立つことができるので、頑張ってよかったと思います。支えてくれるまわりの方々にも、心から感謝しています。
古波蔵さん:やっぱり芸大生の先輩方と一緒に公演ができるのは本当に憧れているし、目標にしている方々なので、本当にうれしいですし、自分も頑張りたいなと思っています。ソロコンで金賞と2位を取ったことを自信に変えて、高校生選抜では緊張もするとは思うんですけど、自信を持って独唱と地謡をやりたいなと思っています。

五十嵐さん:今年は独唱をすることができるので、来てくれるお客さんたちに感謝を届けられたらと思っています。僕は南風原高校郷土芸能部の部長なので、仲間たちの思いも感じながら舞台を務めたいと思っています。
- これからの目標や、憧れている実演家について聞かせてください。
又吉さん:目標はコンクール※2の最高賞です。最高賞を取れたら、その後もどんどんいろいろな舞台に出られたらいいなと思っています。これからも芸能の道を歩んでいきたいです。また、私が憧れている人は、師匠の又吉靜枝先生と又吉聖子先生です。お仕事やさまざまな集まりなどで忙しい中でも、稽古や舞台と両立されていて、本当にすごいと思っています。
賀数さん:自分が目指しているのは最高賞で、その後は師範免許を取りたいなと思っています。憧れているのは師匠の横目ちはる先生です。指導も丁寧でわかりやすくて、性格も優しくて、本当にすばらしい先生なので心から尊敬しています。
山城さん:私も2人と同じく最高賞を目標に頑張っていこうと思っています。これからはもっともっといい踊りができるように、自分の課題を見つめながら稽古に励み、そして、2年後の最高賞に向けて努力していきたいと思っています。憧れはやっぱり家元、師匠の先生です。どちらともすごく細かいところまで指導してくれて、先生たちの踊りもとても魅力的なので、先生たちが憧れです。そして、同じ道場の髙里風花※5さんも憧れの先輩のひとりです。2024年には、ヨーロッパで7か月間一人旅をしていて、その中でも琉球舞踊をヨーロッパで披露していたこともあり、とても尊敬しています。その影響もあって自分は韓国語が少しできるので、いつか韓国に行って踊れたらいいなと思っています。
※5 令和7年度かりゆし芸能公演インタビュー企画にて採択団体「琉球芸能共同研究」の出演者としてインタビューしています。是非ご確認ください。
新垣さん:目標は人間国宝になることで、憧れている実演家は2人います。1人は師匠の長浜眞一郎先生で、もう1人は亡くなっているんですけど、親戚のおじさんです。長浜先生は世界一うまいと思っていて、親戚のおじさんは自分が三線を始める前に亡くなっているので、歌は聴いたことがないんですけど、「相当うまかった」と聞いていて憧れています。人間国宝を目指したのは、三線を始めたころです。親戚のおじさんが人間国宝の島袋正雄さんと友達だったそうです。おじさんは養豚場をやっていて、「養豚場をやっていなかったら人間国宝になれた」と聞いていました。それを聞いて、自分も「養豚場をやらなかったら、人間国宝になれるかな」と思って目指しています。
古波蔵さん:大きな目標というよりは、高校生選抜もそうなんですけど、出演する機会のある舞台で、自分の歌をしっかりお客さんに届けられるようになりたいです。憧れているのは師匠の照屋早月先生です。小さい頃からマンツーマンで教えてもらっていて、自分の仕事も両立しながら稽古をしてくれていて、技術だけではなく、すべてにおいて憧れています。
五十嵐さん:目標は県立芸術大学へ進学することです。去年ソロコンを受けて、高校生選抜に出演した時に、芸大に進学したいと考えました。将来的には学校の教員をしながら三線も続けていきたいと思っています。憧れているのは、亡くなっていますが、民謡の上江洲由孝先生です。

- 琉球芸能に携わるきっかけや、これまで続けてこられた理由やモチベーションになっていることはありますか?
山城さん:一番心に残っているのは「稽古は嘘をつかない」という言葉です。先生が三線の教師免許を取る時に、足を骨折して入院していたそうなんです。稽古にも行けなかったので、入院中もずっと三線の練習をしていたそうで、試験の時には頭が真っ白だったけど、稽古していたから指が自然に動いたと話していました。 その話の流れで「稽古はどれだけやっても嘘をつかないよ」と言われました。そのころの自分は優秀賞※2を受けるための稽古から逃げていた時期で、怒られながら「稽古は嘘つかないから。やればできるんだからやりなさい」と言われたことが一番刺さりました。「やるしかない」と思いました。また、「継続は力なり」や「芸道無限」という言葉も師匠から学びました。先生の言葉は全部刺さりますね。先生からはいろいろな言葉を聞くので、さまざまなことを勉強させてもらい、成長させてもらっています。いつも感謝しています。大好きです。

賀数さん:自分はすごくメンタルが弱くて、すぐ泣いたり「もうやらない」と言ったりするタイプなんですけど。でも、師匠がいつも「あなたはできるから」「あなたが一番かっこいいよ」「きれいだよ」と言ってくれるので、それが頑張れる理由になっているなというのがあります。師匠が背中を押して支えてくれています。
新垣さん:先生がいつも言っている「継続は力なり」という言葉が支えです。最高賞※2を取った時、稽古で4月から5月の頭ぐらいまでは調子が良くて、試演会※6でも先生方からたくさん褒めてもらいました。その後、レスリングの試合で骨折したため、2週間ぐらい稽古ができなかったんです。その後、本番の1週間前ぐらいにまた歌ったら全然歌えなくなっていて、スランプになりました。その時に、やっぱり継続は力なんだなとつくづく実感しました。
※6コンクール前に各流派において行われる練習の成果を披露する演奏会。
古波蔵さん:言葉ではないのですが、師匠や芸大生の方々が出演されている舞台が結構刺さります。そういう舞台を見ると、自分もこうなりたいなと思います。具体的には舞踊と地謡の演奏の息がぴったり合っている時に、プロだなと思ったりこうやって一つの舞台をつくっていくんだなと感じたりして、そういう舞台を見るたびに憧れます。
五十嵐さん:去年の12月に国立劇場おきなわで見た組踊「琉球国時代の演出による舞踊と組踊『執心鐘入』」の舞台が印象に残っています。出演した三線の比嘉康春先生をはじめ、小鼓の人間国宝・大倉源次郎先生もいて、とにかくうますぎて感動しました。舞台を見る時は地謡は幕に隠れて見えないんですけど、地謡の声を聴いています。

新垣太陽(あらかき たいよう)
沖縄県立南風原高等学校3年
第14回沖縄県高校生郷土芸能ソロコンテスト 三線部門 高文連会長賞
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古波蔵雅(こはぐら みやび)
沖縄県立前原高等学校3年
第14回沖縄県高校生郷土芸能ソロコンテスト 三線部門 県立芸大学長賞
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五十嵐涼介(いがらし りょうすけ)
沖縄県立南風原高等学校3年
第14回沖縄県高校生郷土芸能ソロコンテスト 三線部門 県立芸大学長賞
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又吉綾音(またよし あやね)
沖縄県立首里高等学校3年
第14回沖縄県高校生郷土芸能ソロコンテスト 舞踊部門 高文連会長賞
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賀数あいら(かかず あいら)
沖縄県立南風原高等学校3年
第14回沖縄県高校生郷土芸能ソロコンテスト 舞踊部門 県立芸大学長賞
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山城美夢(やましろ みゆ)
沖縄県立美里高等学校3年
第14回沖縄県高校生郷土芸能ソロコンテスト 舞踊部門 県立芸大学長賞
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▶第5回高校生選抜 かりゆし芸能公演


