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2025.12.26 Fri

Report: めぐるプロジェクト最終回「 」をめぐる ~めぐり、見つめ、形にする~

文化やアートの創作の出発点は「表現者自身の感じ方」=「主観」にあるのではないか。この考え方を基軸に、創作者たちが自身の内側を深く見つめ、思考をめぐらせ、表現のきっかけや創作の糧になるような場所や人との出会いを創出する「めぐるプロジェクト」。

9月からスタートした本プロジェクトの参加者たちは、沖縄の伝統芸能の世界をめぐり、演劇ワークショップを通じて精神的な病を抱えた人の心をめぐり、水納島に滞在して島について考えをめぐらせてきた。3つの企画を通してさまざまな「めぐる」旅を経てきた彼らは、ついに最後の企画“「 」をめぐる”にたどり着いた。

この最終企画では、これまでのプロジェクトを通して感じたことや考えたこと、さらに考えがまとまらないことまでも、それぞれの方法で発表し、自分だけの「 」の中身を埋めていく。



発表の舞台は、初顔合わせのオリエンテーション時と同じ「指定介護老人福祉施設 嬉(うれしの)の里」。1階ロビー全体を使って、作品の展示や発表を行う。

それぞれの「 」を形にする

この日、参加者たちは発表が始まる数時間前から作品を搬入して準備を始めていた。安里寿美さんは写真と映像、石川舞さんは絵画、ピンクさんは絵画と立体、邊土名俊毅さんは戯曲、宮城葉月さんは絵画の発表を予定している。



それぞれの持ち場で、展示の準備をする参加者たち。和気あいあいとしながらも、どことなく緊張感も漂わせている。



早々に準備が終わったのだろうか、幾人かは他のメンバーの作品を、食い入るように鑑賞していた。



スタート時間の18時半を迎え、5人の作品を見ようと、会場には参加者の知人や友人が続々と集まってきた。なかには2回目の企画「心をめぐる」でお世話になった「あごらぴあ」のスタッフの方々の顔も見られた。

今日のスケジュールは、まず安里さんの作品の鑑賞と本人による解説から始まり、ピンクさん、石川さん、宮城さん、邊土名さんへと続く。



トップバッターの安里さんが創作の経緯を語る。

安里:私は写真が専門ですが、今回初めて動画にも挑戦してみました。動画の途中途中には撮影した写真も入れ込んでおり、全体を通して『鼓動』というものを表現しています。私にとって鼓動とは、心臓が動いているという物理的な意味だけでなく、生命そのものを指す「生きている証」といえます。

もう一つ、「芸をめぐる」「心をめぐる」「島をめぐる」で感じた、人間界や自然界のことも、作品に込めました。「芸をめぐる」では沖縄の伝統芸能を、「心をめぐる」では人の心の動き、復活や希望というイメージを表現してみました。




安里:今回のプロジェクトを通して撮影した写真を見返した時、その時々の自分の気持ちや風景が瞬く間に蘇ってきたんです。一枚一枚の写真の持つ力を、改めて感じられた体験でした。




客席の傍らで、作品の上映を緊張した面持ちで見守る安里さん。自分の作品が他者に“鑑賞”されることで、作品が完成する。観客の反応を気にかけながら、その瞬間を噛みしめているようにも見えた。



2番手はピンクさん。作品の展示ブースへと場所を移動し、早速ピンクさんの解説が始まった。

ピンク:養豚所で3年ほど働いているのですが、豚ってすごく生き物として美しいんです。でも、豚が置かれている状況は決して良いものではありません。檻に入れられて繁殖させられて、餌をばらまかれて。それを人間に置きかえてみたらどうなるのかと、常々妄想していました。



 

ピンク:一方、私の頭の中の半分は下ネタで埋まっています。下ネタといっても小学生レベルのものですが、いつも妄想してモヤモヤとした気持ちを抱えています。この妄想を、もっと作品として表に出してみたいと思ったんです。

これらをどのようにして作品として昇華しようかと考えたときに目を付けたのが、古代ローマの頃の『ティンティナブラム』という魔除けでした。この魔除けと豚をくっつけて、さらに下ネタのエッセンスを加えたものを新たなお守りとして作りました。




淡い色合いで描かれた数枚の絵と小さな立体作品は、可愛らしくもあり、ギャグのような可笑しみもある。来場者は隣り合わせた人と談笑しながら、作品を覗き込んでいた。



ピンクさんの展示ブースの裏手へ回ると現れたのは、石川さんのブース。そこには一枚の絵とスクリーンが置かれていた。そして、今回のプロジェクトに関する感想や作品について書かれた資料が、石川さんから観客一人一人に手渡されていく。

石川:プロジェクトに参加して考えたことが3つあります。一つは、誰かとの新たな繋がりが関係を生むこと。二つ目は、この島に生きている全ての存在が共同体であること。三つ目は、眠ることの意味です。

近年、私は仕事が忙しく、眠ることが怖いという恐怖を抱えながら生活していました。しかしこのプロジェクトを通じて、『肩の力を抜いて創作活動を楽しむ』ということの重要性を再認識しました。作品制作は1人で黙々とやることが多いですが、それに至るプロセスではさまざまな人との関わりが不可欠であると、改めて実感できました。




石川:作品では、普段制作している絵に登場する「少年」が、島の中で眠れる場所を探してさまよう姿を描きました。この少年は『私のもう一人の自分』という位置づけで、眠るという原始的な行為に内在する私自身の不安を表現しています。

最初のオリエンテーションで見た『嬉の里』のブロッサイアの木や、『心をめぐる』での経験から着想を得て、中央に描かれたブロッサイアが少年を包み込むように枝を広げ、猫が少年にくっついて、一緒に眠っています。『芸をめぐる』には参加できませんでしたが、皆さんが提出されるレポートを通して感じたことを、四隅に紅型模様を配すことで表し、沖縄の伝統的な空気が包み込む構図にしました

 


「嬉の里」のシンボルツリー、ブロッサイア。めぐりめぐる経験を重ね、再び同じ場所に戻ってきたが、そこに立つ人々の心の動きや、その目に映されるものは、果たして以前と同じだろうか。



そして一行は、宮城さんの絵画作品の展示ブースに移動した。宮城さんは都合により出席できなかったため、予め寄せられていた解説コメントが読み上げられた。

宮城:植物や鉱物から採取した色で絵の具を作り、作品を手掛けています。今回のモチーフは、私の2人の友人に贈りたいと思って描いた架空の植物です。2人はとても穏やかな人柄で、日向ぼっこのようにポカポカしている存在です。




宮城:今回のプロジェクトを通して、改めて人と人のつながりは素敵だと感じました。人とつながる瞬間を感じ、目の当たりにする時間を過ごしました。

また、もう一つの作品にある絵の中の太い線や細い線は、人の経験や性格を表現しています。その線が交わることで新たな発見やつながりが生まれる。『物事は連鎖して私たちは生活している』ということを表現しました


最後は邊土名さんの発表だ。観客が席に座ると、邊土名さんの戯曲が印刷された冊子が配られ、戯曲について解説が始まった。



邊土名:これは、戯曲の形式にはなっていますが実際に僕が体験した話です。僕にはずっと『何か大事なことを忘れてしまっている』という感覚があって、つい最近までそれが続いていました

 


配られた戯曲に目をやると邊土名さんが話している内容がそっくりそのまま書かれている。「戯曲を解説する」という物語だったのだ。



柔らかな口ぶりで語られる、ラブロマンスあり、SFありの壮大な「思い出」。けれど、目の前にいる邊土名さんは、いつもと変わらぬ様子で淡々と話をしている。私たちは、現実と物語の境界線にいた。

作品を通して見えた、新たな視点

発表を終え、ホッと一息つけば談笑に花が咲く。「嬉の里」からケーキやお茶が振舞われ、テーブルを囲んで最後の振り返りが始まった。


邊土名:安里さんの作品を見て、特に水納島の場面では、自分が見ていた景色と全然違うことに驚きました。僕自身も知らない間に撮影されていたり

安里:私は、被写体がいないと撮影できないタイプなんですが、本当は全部自分で作り上げるようなアート系の写真を撮っていきたいんです。皆さんが、想像でゼロから作っていることに非常に刺激を受けました。想像力を鍛えていくことがこれからの課題です

ピンクさんや邊土名さんの作品についても話が盛り上がった。



ピンク:日常的に下ネタが行き交うような職場にいて頭の中がそれでいっぱいなのに、なぜその方向で作品を作らないのか、と自問自答したんです。だからこの機会に正面から向き合ってみて、おおらかに表現したいと思ったんです

安里:結構勇気がいることだと思うんですけど、一度挑戦してみれば楽になるのかもしれませんね

石川:私もピンクさんのように、そんな会話が盛り上がる場にいたことがありました。女性は私ぐらいだったので遠慮はありましたが、貴重な体験だったと今では思えるし、それ以降の作品にも生きているな、と感じることがあります。あと、邊土名さんの戯曲の展開には驚かされました!

 


邊土名:あの展開は、実はいろいろな劇作家の影響を大いに受けています。ただ、このプロジェクトの経験を前提とした話にしているので、「めぐるプロジェクト」参加者以外にはわかってもらえない内容になっていたかもしれないですね。

続いて、このプロジェクトを通して感じたことを、率直に語り合った。

邊土名:皆さんが制作過程の説明をしっかりされていて、自分自身を客観視できていることがすごいと思いました。今作っている自分を見ている、もう1人の自分がいるような感覚なのでしょうか?




石川:そういう側面はあるかもしれません。あと今回制作過程をまとめてみて感じたことが、それを見せること自体が一つの作品になり得るし、私の作品だという証拠にもなり得ると思ったんです。

不思議な感覚なんですが、過去の作品を見返したとき、『本当に私が作ったんだろうか?』と疑問に思ってしまうことがあるんです。一人で黙々と作り上げるものだから誰かに証明してもらうこともできないし、AIで作ったと思われても、反論できる術がないな、と。このプロジェクトで制作過程を映像としてまとめたことで得られた、初めての気づきでした。




振り返りを終えた後は、来場者から作品の感想が語られるなど、和やかな笑い声が、夜の会場に静かに響いていた。

「芸」「心」「島」をめぐり、最後に自分自身の「 」と向き合った参加者たち。互いの作品や制作過程を共有することで、一人では気づけなかった新たな視点を得て、それぞれの表現の可能性を広げていく。「めぐるプロジェクト」で得た経験は、これからの彼らの創作活動に、どのような余波をもたらすのだろうか。


執筆・写真:仲濱 淳
一部写真:沖縄アーツカウンシル

めぐるプロジェクト レポート一覧

0|オリエンテーション
1|芸をめぐる
2|心をめぐる
3|島をめぐる〈前半〉
3|島をめぐる〈後半〉
4|「 」をめぐる



【本ページに関するお問い合わせ】

公益財団法人沖縄県文化芸術振興会 沖縄アーツカウンシル
「めぐるプロジェクト」担当(喜舎場・具志・橋口)
TEL:098-987-0926 
E-mail:info-ninaite@okicul-pr.jp

主催:公益財団法人沖縄県文化芸術振興会 (沖縄県受託事業「令和7年度沖縄文化芸術の創造発信支援事業」)