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2025.11.26 Wed

Report: めぐるプロジェクト第2回目「心をめぐる」~心を聴き、心を演じる~

文化やアートの創作の出発点は「表現者自身の主観」にある。この考え方を軸に、創作者たちが自身の内側を深く見つめ、思考をめぐらせ、表現のきっかけや創作の糧になるような場所や人との出会いを提供する「めぐるプロジェクト」。

このプロジェクトの第2弾「心をめぐる」が、10月4日に開催された。場所は、那覇市内のNPO法人「あごらぴあ」が運営する「那覇市地域活動支援センター ソーシャルハウスあごら」。ここは、主に精神疾患を抱える人々が集い、会話を楽しんだり、本を読んだり、思い思いの時間を過ごせるような居場所として、地域に開かれた交流の拠点である。

「ソーシャルハウスあごら」で始まる演劇ワークショップ



プロジェクトの内容は、沖縄の劇団「TEAM SPOT JUMBLE」の俳優がファシリテーターとなって行う演劇を使ったコミュニケーションワークショップへの参加だ。本プロジェクトメンバーは精神疾患を持つ方の話を聴き、その心を演劇を通して表現する。



「あごら」に集まった、安里寿美さん、石川舞さん、宮城葉月さん、ピンクさん、邊土名俊毅さんの5人のプロジェクトメンバー。何が始まるのかまだ知らされていないなか、ひとまず名前がわかるようにと、胸元に大きな名札が貼り付けられた。



「それでは皆さん揃ったところで、ワークショップを始めます」。

スタートを切ったのは、TEAM SPOT JUMBLEのメンバーの一人、島袋寛之さん。さらに与那嶺圭一さん、ナツコさんの紹介が続き、NPO法人「あごらぴあ」からは兼浜克弥さん、里 塁樹さん、中村夏実さん、中村謙太さんが挨拶した。なかでも中村謙太さんの自己紹介には、驚いたプロジェクトメンバーもいたようだ。

謙太:あごらの施設長で、ギャンブル依存症の中村謙太といいます!ケンタと呼んでください!

シリアスな話題を自己紹介に交えて笑顔で元気に伝える謙太さん。この「辛いことでも笑って話せるようになる」という姿勢こそ謙太さんが大切にしている考え方だと、後々メンバーたちは実感していくことになる。





まずはウォーミングアップとして、簡単なゲームが始まった。チームに分かれて、ジャンケンをしたり数字や名前を呼び合ったりと、体と声をめいっぱい使う体操のようなゲームだ。

プロジェクトメンバーにとっては初めて体験するワークショップ。最初は若干緊張した面持ちだったが、ゲームを通して少しずつ心がほどけていったようだ。あちこちから笑い声が湧き起こり、額に汗をかきながら、ゲームに興じる姿が見られた。

ギャンブル依存症と解離性障害、二人の物語

ゲームの興奮冷めやらぬなか、いよいよこのワークショップのメインとなる「演劇をつくる」時間に突入した。ゲームと同じく2つのグループに分かれ、それぞれで謙太さんとスタッフの夏実さんへインタビューを行う。そこで得た情報をもとに、TEAM SPOT JUMBLEのファシリテーターとともに演劇をつくり上げるのだ。


こちらは謙太さんチーム。インタビュー時間は30分と短いながら、その内容は驚くほど濃かった。

謙太:僕はギャンブル依存症とうつ病を抱えています。診断されたのは今から6年ほど前ですが、ギャンブルにのめり込み始めたのが20代前半の頃でした。

謙太さんがギャンブルにのめり込んでいった経緯から家族の反応、精神科への入院まで、ざっくばらんに、時に冗談を交えながら語る謙太さん。メンバーたちは時に笑いながらも、真摯に耳を傾けていた。

謙太:退院してからはグループホームに入所し、依存症の回復施設に通っていたのですが、またギャンブルを再開してしまって。実は、いずれ再開するだろうし、そうなったら死のうと思っていて、そのために処方された薬を溜め込んでいたんです。でも訪問看護師さんにばれてしまい再度入院を促されたのですが、当時の彼女が『彼は入院を嫌がっています。私が彼の面倒を見ます。』と言ってくれて、入院ではなく、入籍しました(笑)。すると不思議なことに、自殺願望も依存症も徐々になくなり、体調が回復していったんです。

それからは妻の紹介で「地域活動支援センター」に通い始め、当時の所長の兼浜さんに誘われてスタッフとして働くうちにいつの間にか施設長になっていました。ギャンブル依存症の人間を施設長にするNPO法人っていかがなものか?とは思いますけどね(笑)。ちなみに妻というのが、今隣の部屋でインタビューを受けている夏実さんです。


謙太:彼女も入院するほど心に病を持っていたわけですから、そのような状態でお付き合いすることに非常にためらいがありました。しかし彼女のおかげで少しずつ元気になっている、という自覚もあったので、『ギャンブル依存症者らしく、この子に賭けてみるか!』という気持ちで、結婚を決意したんです。

謙太さんにしか口にできないようなブラックなジョークや衝撃の告白に、笑い、驚くメンバーたち。笑いながらも、さまざまな想いが胸に去来しているに違いない。

隣の部屋では、夏実さんへのインタビューが同時進行していた。夏実さんは解離性障害という、自分の中にいくつもの人格が現れる病を患っているという。

夏実:今は6つの人格を持っていますが、8人いた時期もありました。それぞれ年齢も性格も違えば、好きな食べ物、好きな色も違う。ストレスが溜まっているときや寝不足の時に、人格が入れ替わりやすいようです

すると、プロジェクトメンバーの宮城葉月さんから質問があがった。

宮城:複数人格がいることで良かったことはありますか?

夏実:知らない間に家事が終わっていて『ラッキー!』と思ったことはありますが、困ることの方が多いかもしれませんね。例えば、いつの間にか冷蔵庫の食べ物がなくなっていたり、お金が使われていたり。そんなことが多発したので、今では別人格の子の一人とは、SNSなどを使って予め情報共有するようにしています。


夏実:たくさんの人格がある状態を『わからない』時期が一番辛かった。でも、グループホームやあごらぴあでの活動を通して、同じ病を持っている人や、謙太さんをはじめ理解ある人たちと繋がることができ、自分の状態をしっかりと理解できたし、フォローしてくれる人がいるという安心感を得られました。気分的にとても楽になれたし、前向きになれたんです。

 

それぞれのインタビューが終了し、お芝居制作のためのミーティングと稽古が始まった。TEAM SPOT JUMBLEの与那嶺さんとナツコさんのファシリテーションのもと、特に印象に残った話を軸に物語を組み立てていく。演劇づくりが初めてのプロジェクトメンバーがほとんどのようだが、一人一人が積極的にアイデアを出していた。

少し恥ずかしそうにしていたり、堂々と役になり切ったりと、それぞれのペースで真剣に、役作りに取り組むメンバーたち。立ち稽古をしながらもポンポンと意見が交わされ、みるみる物語が形づくられていった。

インタビューで紡がれた二つの芝居

ついに本番が始まった。まずは夏実さんのチーム。プロジェクトメンバーでは宮城さんと邊士名さんが参加している。

ナツコ(医者役):どんな病気でお困りなんですか?

邊土名(夏実役):頭の中に別の人がいて、気付かない間に私と入れ替わってるみたいなんです。お皿が勝手に片付けられてたり、掃除が済んでいたりするんです。

夏実さんが話していた実体験をもとに、「主人公はこういう人だ」と冒頭で伝える構成だ。このおかげで観客の理解が一気に深まった。さらに、邊土名さんと宮城さんが背中を合わせて180度くるりと回転することで、夏実さんが別人格と入れ替わる状況を表現すると、観客からは「お〜!」という感嘆の声が上がった。



「めちゃくちゃおもしろかった!」「わかりやすかった!」という高評価に、少し照れくさそうな二人の表情が印象的だった。

そして謙太さんチームの発表の番へ。こちらには、石川さん、安里さん、ピンクさんが参加している。

「10日で8割だよ」と、法外な利子をふっかける謎の金融業者役の石川さんの台詞に、大きな笑いが巻き起こった。さらに、謙太さんがパチンコにのめり込んでいくシーンでは、安里さんがパチンコ台役として登場。謙太さん役のピンクさんがひっきりなしにお金を入れると、パチンコ台役の安里さんの声色、表情から大ハズレしたことがコミカルに伝わる。

謙太:安里さんが演じたパチンコ台ぐらい、見るからに当たらない台があったらギャンブル依存症になってなかったはず!

そんな謙太さんの感想に、さらに大爆笑。最後まで大盛り上がりのワークショップとなった。この後はワークショップの振り返り。どのような感想を抱いたのだろうか?

ワークショップを通して見えてきたもの

芝居後の熱を帯びた空気がひとしきり落ち着いた頃、輪になって集まった5人は誰ともなく感想を交わし始めた。

安里:本やネットで精神疾患を持つ人の話を読んだことはあったけど、直接話を聞くことは初めてでした。『皆さん普通に明るいな』というのが率直な感想です。ということは、私が気づいていないだけで、身近にもそのような方がいるかもしれない。今までの知識や固定概念が覆されたようで、驚きました。

宮城:病気の有無にかかわらず、自分の弱い部分を開示することはとても勇気がいることだし、私の場合は苦痛でさえあるのに、謙太さんや夏実さんはありのまま話してくれました。とてもありがたいことだし、むしろこちらから聞くことを躊躇したり、『話さなくてもいいよ』という、一歩引いた姿勢を示したりすることの方が、ある種の偏見なのかもしれないと感じました。

石川:『人生は映画みたいなものだ』と、親戚から言われたことがあります。近くで見ると悲劇でも、遠くから見たら喜劇だ、という意味なのですが、聞いた当時私はいろいろと悩みを抱えていて、全く理解できなくて腹立たしかったんです。でも今回謙太さんのお話を聞いて演じてみて、あの言葉は間違いではなかったのかもしれない、と思えました。そう捉えた方が、人生が豊かになるのかもしれませんね。


謙太さんと夏実さんの飾らない人柄やユーモアを交えた体験談をたっぷりと浴び、演じたことで、今までとは違う視点や考え方を得られたと語るプロジェクトメンバーたち。一方でこの経験は、自身の境遇を顧みる、鏡のような作用もあったようだ。


ピンク:私の身近な人や、私自身にも悩みや抱えていることがあるし、どんな人にもそれぞれ辛いことがありますが、お二人の場合はそれを受け止めて形に昇華していて、とても興味深い。私自身のケースも、いつか何らかの作品にできるのかもしれないと、漠然と感じています。



邊土名:夏実さんの、他人格とのSNSを使った他人格とのコミュニケーションの取り方がとても面白いと感じました。生活上の必要があってのやり取りとはいえ、コミュニケーションを大切にしている方なんだな、と。僕はあまり積極的に連絡を取ったり話し合ったりしない方なんで、僕も、もっと誰かの気持ちを想像しながら、対話を大切にできたらな、と思いました。


精神疾患を抱える方々がたどってきたストーリーや、今過ごしている時間、その時々で揺れ動く感情。それらを聴くだけでなく演じ、語ることで、より深く「心」をめぐることができたようだ。そして深い心をめぐる旅は、これからも、きっとずっと続く。


執筆・写真:仲濱 淳
一部写真・動画:沖縄アーツカウンシル

めぐるプロジェクト レポート一覧

0|オリエンテーション
1|芸をめぐる
2|心をめぐる
3|島をめぐる(準備中)
4|「 」をめぐる(準備中)



【本ページに関するお問い合わせ】

公益財団法人沖縄県文化芸術振興会 沖縄アーツカウンシル
「めぐるプロジェクト」担当(喜舎場・具志・橋口)
TEL:098-987-0926 
E-mail:info-ninaite@okicul-pr.jp

主催:公益財団法人沖縄県文化芸術振興会 (沖縄県受託事業「令和7年度沖縄文化芸術の創造発信支援事業」)